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2017.07.25 Tuesday

小石原焼きと福島善三さん

JUGEMテーマ:陶芸

 

 小石原から初めて人間国宝が誕生しました。

 

人間国宝という肩書に色々思われる方がいらっしゃると思います(人間国宝が皆すごいわけではないなど)が、

 

現代の陶芸において人間国宝になっておられる方は皆

 

間違いなく素晴らしい作品を発表しています。

 

 そして福島さんの作品も、前例に漏れなく、私の様な若輩者から見ても素晴らしい作品を発表しておられ、

 

過去の人間国宝の方々と比べても何の遜色もない方だと思います。

 

 

 以前の鉄釉の作品などからずっと評価されてきた方ですが、現在は中野月白釉と飛び鉋を彷彿とさせる文様で

 

作品が構成されています。何が凄いのか簡単に言うと、

 

まず釉の色と質感。仄かに青白くて美しく、この色と質感は福島さんしか出せない表現であること。

 

(恐らく釉がかかっていないであろう)黒のラインを残すセンス(素地の黒のラインがすごく効いています)。そして形。

 

全てが調和していている事。

 

 色々書きましたが、何より作品に気品がある事が一番素晴らしい。

 

天皇のバックに島岡達三の皿が飾ってありましたが、あれが福島さんの作品であっても雰囲気に調和すると思います。

 

ご覧になった事が無い方は、是非一度自分の目でご覧なると良いですよ。

 

 

 今回小石原は水害の影響で、多くの窯元が大きな惨害に合われています。

 

今回の福島さんの認定がきっかけとなって、一刻も早い復興を願ってやみません。

 

 

 実は私の窯の生徒さんがボランティアに行かれました。

 

彼女の事を非常に誇りに思うと同時に、私は自分の身の回りの忙しさにかまけ、

 

自分の事の様に気持ちに共感していたにも関わらず、

 

ボランティアという発想自体浮かばなかった事に、罪悪感と自己嫌悪に苛まれました。

 

でも結局何もしていません。やはりボランティアも現状出来ません。

 

 ですが何か私でも出来る事を考え、それを実行する事で力になろうと思っています。

 

 

    

   (↑の画像をクリックして頂けると、非常に励みになります)

 

 

2017.07.08 Saturday

第63回伝統工芸展の感想

JUGEMテーマ:陶芸

 

 もうすぐ第64回が始まりますね。

 

今年は何故か締め切りが1か月前倒しになってしまった関係で

 

出品に間に合いませんでした(こんなんばっかりやね俺)。

 

 

 という事で、その間に合わなかった自らの怒りを

 

他者の作品の称賛に変えて述べていきたいと思います(我ながら気持ちの難しい変換です)。

 

評価するのは、昨年の第63回の作品についてです。

 

 受賞作品に関しては他の方々が沢山評価されているので、ここでは受賞に漏れているけれども、

 

私が気になった作品を取り上げてみたいと思います。

 

 

 

       

       (陶芸ではないけど、この表紙の作品は素晴らしいですね)

     

 まずは井戸川豊さんの銀泥彩磁鉢。

 

正直に言いますが、受賞した作品はその良さがわかりませんでした(言ってしまった)。

 

ですが、今回は違います。まずは形。ラインが非常に美しい。

 

加えて乾燥段階でどうしても変形してくるのですが、それも最小限に抑えれているところ。

 

そして完成で50センチ越えという大きさ(単純に陶芸は大きくするのは難しいという事をお見知りおき下さい)。

 

 加えて鎬手の入ったバックの銀泥彩が文様のほおずきとの調和を非常に上手く成していて、

 

文様をみせるだけのものになっていません。それはバックはキャンバスではないという事でもあります。

 

そして何よりその質感。絵具で塗ったそれには絶対に出せない陶芸特有の個性がここにはあります。

 

会場で何気なく見回っていてもここで止まる美しさ。凄い。

 

 

 

 続いては庄村久喜さんの白妙彩磁壺。

 

白磁をやっておられる人の中で私はこの方の表現が一番好きです。

 

(蛇足ですが、青白磁なら彼の父庄村健さんが一番好き。

 高校生の頃から私が庄村健さんの皿でカレーを食べている事を抜きにしても)。

 

白磁において作家名を伏せられて、質感だけで誰かわかるのは庄村久喜さんと中村清吾さんだけなのですが

 

(最近は新たに艶消しの白磁をされる方もいて今は中村さんの作品はもうわからないかも^^;)、

 

それは彼らの白磁の質感に対するニュアンスが他の方と非常に異なっている為です。

 

 庄村久喜さんの白妙彩は細やかな彫りに自ら発案された白釉の薄い部分(違うかもしれません)と

 

濃い部分のコントラストにて表現されていますが、

 

その様が、白磁の気品を損なう事なく美しさに寄与していてそれが個性ともなっているのです。

 

今回は形が非常に美しく、以前受賞された時よりも今回の方が数段好き。

 

口をあれだけ弄ると全体のバランスをまとめるのが大変なんですが、

 

多少の奇を衒いつつも高貴な感じを纏っているのが素晴らしい。

 

皆がやりたい事ではあるのですが、皆が出来ない事でもあります。

 

私がドバイの石油王なら言い値で買ってます。

 

 

 他にも熱弁したい作品は多々ありますが、

 

今回はここまで。

 

 

   

  (↑の画像をクリックして頂けると大変励みになります。クリックして頂いた方、ありがとうございます。)

 

2017.03.04 Saturday

持山 縁 「第6回陶ひなコンテストin有田」で痛恨の銀賞

JUGEMテーマ:陶芸

 

 長らく更新が止まっておりまして、平素よりご覧になって頂いている皆々様には

 

大変に申し訳ありませんが、平素よりご覧になっておられる方など皆無だと思っているので、

 

罪悪感が希薄で大変素晴らしい限りです。

 

           

           出品作品の影武者。本物は有田の香蘭社にて3/20まで展示中。

 

 

 さて今回はご報告として、表題の通り我が秀高窯の半従業員満行もっちゃんさんが雛人形で銀賞を受賞されました。

 

不遜にも金賞の事しか考えておられなかった様で、運送の保険もそれから現地の即売会のお値段も

 

金賞の際に頂ける金一封と同額設定という剛の者っぷり。

 

 

 結果銀賞であった為、残念だっただの、あとちょっとだっただのにこにこしながら色々饒舌だったのは、

 

非常に嬉しかった為と私は解釈しております。

 

 (当然他の出品作品も素晴らしく、銀賞取れて運が良かったね とかも言われて本人も同意。)

 

 

 

 先日の表彰式の際、審査員の方から、他の展覧会でも出品すれば良いのにとかなんとか言われたらしく、

 

「大分前からけっこう出してるんですけど・・・」と心中で呟かれたとか。

 

 

 今年は気合が入っており、彼女のリボルバーには弾が既に2発(展覧会に出品可能な作品が2つあるという事です)。

 

次は西部伝統工芸展と九州山口陶磁展(なんか名前変わってましたね^^;)に殴りこみ宣言。賞金をかっさらう予定です。

 

 

 頑張れもっちゃん それいけもっちゃん 嗚呼明日の夜明けは近い (昭和のナレーション風)

 

 

 

 

 

 

 

2016.02.26 Friday

親父のぐい呑みを評する

JUGEMテーマ:陶芸

 以前私の拙いぐい呑みで

お目汚しをした事お詫び申し上げるべく、

 
今回は

  親父のぐい呑み批評です。

値段がついていない展示場の親父のぐい呑みを3つ程、

独断で勝手に私が評価します。


 「沓型刷毛目灰釉ぐい呑み」

 

 
 


 


 これと同じ技法で、急須と湯呑みのセットを作っているが、正直そっち向き。

ぐい呑みならば艶が無い方が良い。

 加えて化粧しているのに、窯変も狙っておらず(ぐい呑みとしての)面白みに欠ける。

見どころは、削りが縮緬状という事(縮緬高台)と、口を変形させているのに加え、

口が波打っているのだが、そこはバランス良く決まっているところ。

 出来は良いのだが、ぐい呑みという観点からすると今回の中で一番よろしくない一品。



 「沓型窯変ぐい呑み」

 


 
 
 化粧の窯変と透明釉を掛けた事による素地の窯変が合わさった面白いぐい呑み。

土味も良く、高台も嫌味がない。とても良く出来ている。

 が、個人的には綺麗に作り過ぎ。歪ませるにしても、均整が取れすぎて面白みに欠ける。

化粧のラインもシャープ過ぎるし、高台内まで釉を掛けている意図がいまひとつ見えてこず、

このつくりなら土を見せて欲しい。

 焼成が非常に上手く行っているだけに、作為が出すぎて勇み足している惜しい一品。



 「粉引きぐい呑み」

 


 

 控えめに窯変が斑点となって出た非常に上品な一品。

ロクロも奇の衒いが無く素直で、高台のバランス、高台内に釉が掛かっているのも、

全体のバランスからして意味のある主張点になっていて、

どれをとっても申し分ない。

 
 高台際に化粧の掛け方に緊張を持たせているところが、

非常によい見所となっている。

 はっきり言って、私個人の評価ではこれが断然良い。

親父の作品の上品さが全て良い方向に出た一品。


 
 腹ただしいが、言わずもがな、私のものよりも数段良い。

私はいつかこれより良いものを作らなければならない。

 
 何年いや何十年かかるかわからないけれども、

大元の根幹部分がオプティミストな私(ペシミストなはずなんですけどね)は、

死なない限りにおいて、物事は成就されると思っています。

(この言い回しはペシミストだと思います。いやダダイストなだけか(笑))




 


 
 
2016.02.13 Saturday

遺書―続―

JUGEMテーマ:陶芸

 前回より

 
  

 
 ―作品について―

 作品の出来は、縁と高台のバランスで決まる。

現状の有田の作品は重い。それは高台の厚さと削り、縁の作りが甘いという意味です。

今の有田の職人や作家のレベルの低さを憂いたお言葉です。

 
 以前私は重いとか軽いとかというタイトルで、軽い事が全てではないという事を申し上げましたが、

軽く作る事を念頭に置いた作品において、それが重い事は良くないという認識ですので、

柿右衛門先生と相対するわけではありません。

 
 有田においてはと前置きされているが、確かに有田においては

柿右衛門先生の仰る視点は非常に重要な様に思えます。

 柿右衛門先生が仰っている事は、安定感のある安心したフォルムを大事にしつつ、

その土に対し一番軽い状態を安定して作り出すという意味。

一品一品ならまだそこまでは無いのですが、セットで作るとしたら至難の業です。

 磁器がシャープで硬い質感故、一概に

それが暖かさと柔らかい質感の陶器に全て当て嵌まるとは思いませんが、

その求めている品質の高さには見習うべきものがあります。

 
 
 工芸会に対する作品に対しても、似た様な事を仰られています。

すごく荒く要約するとこんな感じ。

「我々は新しいものを作る事も大切だが、それよりもまずは伝統を守る事。

その為にもしっかりとした技術を身につける事が肝要である。

技術が伴わなければ、伝統を守る事も新しい作品を作り出す事も出来ない。

(現代の姿があっても良いがと前置きされた上で、)例えば現在作家は、縁に対する意識の欠如が甚だしく、

それは器ではなくオブジェである(オブジェが悪いとは仰られていません)。

 新しいものを産み出すにしても、まずは土、石、ロクロや絵の良し悪しの技術力が前提として大事だ」と。


 私は柿右衛門の名前を継ぐわけでもなく、有田に居るわけでもなく、磁器の作陶家でもないのですが、

柿右衛門先生の工芸会に対する見方には、大いに従うべきものがあります。

 陶磁器は先人の仕事が大きな事もあり、

それを繋ぐ我々(私を含めるのはおこがましいですが)に求められるものは

大きなものがあります。

 私の価値観は工芸会一辺倒ではありませんが、

その志の高さ、求められているレベルの厳しさには難しいですが、たとえ何の実力もない私であっても

気持ちだけは、何とか応えて行ける様に精進する所存です。

 私、頑張りますよ。
 
 










 
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